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福岡地方裁判所 昭和63年(ワ)1737号 判決 1992年11月25日

当事者の表示

別紙当事者目録記載のとおり

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一  被告が甲事件原告らに対してなした昭和六三年六月二九日付の各解雇の意思表示及び乙事件原告らに対してなした同年一二月三〇日付の各解雇の意思表示がいずれも無効であることを確認する。

二  被告は、甲事件原告らに対し別紙請求目録一(略)記載の各金員を昭和六三年六月三〇日から同目録記載の各定年退職日まで、乙事件原告らに対し別紙請求目録二(略)記載の各金員を昭和六三年一二月三一日から同目録記載の各定年退職日まで、毎月分を翌月一五日限り支払え。

第二事案の概要

本件は、原告らが被告のなした整理解雇の無効を主張し、その無効の確認を求めるとともに、整理解雇の日の翌日から定年退職日までの未払賃金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者等

被告は、昭和四八年八月二七日、三井鉱山株式会社(以下「三井鉱山」という。)の石炭生産部門を分離独立させて同社の持株一〇〇パーセントの子会社として設立された、石炭の採掘及び売買等を業とし、資本金二五億円を有する株式会社であり、同年一〇月一日より営業を開始したものである。被告は、石炭採掘の事業所として北海道に芦別鉱業所、九州に三池鉱業所を置き、三池鉱業所の昭和六三年三月末の従業員数は、約三六〇〇名であった(<証拠略>)。

原告らは、いずれも被告の三池鉱業所において一般職社員(一般業務に従事する職員)として雇用されていたものであり、また、被告従業員で組織された三池炭鉱労働組合(同年四月二八日当時の組合員一六四名。以下「三池労組」という。)の組合員である。

また、三池鉱業所には、三池労組の他に一級以上社員(管理・技術事務職員)で組織された三井鉱山社員労働組合連合会(以下「三社連」という。)、一般職社員で組織された三池炭鉱新労働組合(同二六四七名。以下「新労」という。)があり、芦別鉱業所には三井芦別炭鉱労働組合(同六四九名。以下「芦別労組」という。)があった。

2  解雇の意思表示

被告は、昭和六三年六月二一日付書面で、甲事件原告らに対して、昭和六三年六月二九日付でそれぞれ解雇する旨の意思表示をし、また、昭和六三年一一月二九日付書面で、乙事件原告らに対し、昭和六三年一二月三〇日付でそれぞれ解雇する旨の意思表示をなした(以下、併せて「本件解雇」という。)。本件解雇は、いずれも一般職社員就業規則一四条四号(事業を休廃止又は縮小したとき)、七号(前各号のほか、やむを得ない事由があると認めたとき)に基づく整理解雇であった。

3  本件解雇に至る経緯

(一) 人員削減の提案

被告は、昭和六三年四月二八日、三池労組、新労及び芦別労組に対し、石炭の需要減少と貯炭の増加の状況を勘案すると経営環境が悪化し、人員計画上余剰人員が生じることになったとして、三池鉱業所において一級以上社員(管理職職員を除く。以下同じ。)一二〇名、一般職社員六一〇名、芦別鉱業所において一級以上社員七〇名、一般職社員三〇〇名の人員削減の計画を提示し、まず希望退職を募集し、これが右人員数に満たない場合には昭和六三年度末(平成元年三月三一日)現在で満五二歳以上の者を解雇する旨の提案(以下「本件合理化提案」という。)をした。

(二) 希望退職の募集

本件合理化提案について、被告と三池労組は、昭和六三年五月二四日から同月二六日までの間、希望退職を中心とした団体交渉を行ったが、交渉は決裂した。

被告は、三池鉱業所において三池労組の反対にもかかわらず、同月三〇日から同年六月一四日まで希望退職の募集をし、その結果二九八名の一般職社員が希望退職に応募した。

(三) 整理解雇

その後、被告と三池労組は、同月一四日から同月一六日までの間、解雇を中心とした団体交渉を行ったが、同月一六日、被告は三池労組に対し、同年一二月三一日までに満五三歳以上に達する者を解雇の対象とし、同年六月三〇日までに満五三歳以上に達する者の退職日を同月二九日、同年七月一日以降同年一二月三一日までに満五三歳に達する者の退職日を同月三〇日とする旨の最終回答(以下「最終回答」という。)をし、両者の交渉は決裂した。

三池労組は同年六月一六日、福岡県地方労働委員会に対し、誠実団交の開催を内容とするあっせん申請を行い、同委員会は同月二三日、双方から事情を聴取したが、被告のあっせん拒否の態度表明により同日右事件は不調で終了した。

被告の最終回答による一般職社員の被解雇者は同年六月二九日付解雇(以下「第一次整理解雇」という。)で二一六名、同年一二月三〇日付解雇(以下「第二次整理解雇」という。)で五四名であった(以下、第一次整理解雇と第二次整理解雇を併せて「本件整理解雇」という。)(<証拠略>)。

甲事件原告らはいずれも昭和六三年六月三〇日までに満五三歳以上に達した者であり、乙事件原告らはいずれも同年七月一日以降同年一二月三一日までの間に満五三歳に達した者である。

二  争点

本件解雇は整理解雇として有効か。

1  被告の主張

(一) 整理解雇の必要性及び解雇の回避措置の存在

(1) 本件整理解雇は、石炭鉱業界の深刻な構造的不況の中で、被告の存立を維持するという経営上の要請に基づき、やむを得ず行ったものである。

右不況への対応は、この不況が石炭ことに国内炭に対する需要の著しい減退に由来するものであり、被告という一企業の処理能力の限界を超えていて、国の石炭対策を待たざるを得ないものであって、被告の存立も国の石炭政策を離れては考えられないものであった。

(2) 昭和二〇年代後半以降、経済取引の国際化、自由化が進む中で、石炭に比べ使い易く、しかも低廉な石油、天然ガス等の流体エネルギー資源が大量に輸入されるようになり、いわゆるエネルギー革命がもたらされ、それが顕著になった昭和三〇年代ころから、我が国の石炭鉱業は構造的不況に陥り、被告を含む石炭企業は存立、経営の危機に当面した。国は、石炭業界の危機を克服するために、昭和三〇年八月、石炭鉱業合理化臨時措置法(以下「措置法」という。)を制定し、石炭企業に対する規制と援助を行い、第一次石炭政策(昭和三八年度から実施)以後、逐次石炭政策を実施している。それは、第一次石炭政策から第五次石炭政策(昭和四八年度から実施)までは、エネルギー革命の進行は避けられないとの展望の下に石炭鉱業の「なだらかな撤退」を基本としつつも、国内炭の必要を認め、政策的に産業界での石炭需要を確保し、かつ、基準炭価を決めて国内炭の取引価格を規制するというものであった。以後、石炭鉱業の経営は、国の石炭政策を離れては継続し得なくなった。

(3) 第八次石炭政策

ア 国内炭の取引価格を決める基準炭価は、石炭鉱業の生産費を核心として決定されていたため、石炭の採掘条件の悪化によるコスト高の影響を受け輸入炭に比べ高額であった。それに加え、石油価格の低下の影響を受けた輸入炭の価格の低下、為替レートでの円高の進行等により国内炭と輸入炭の価格の格差は次第に広がり、昭和六〇年代に始まった急激な円高の下では国内炭の価格は輸入炭の価格の三倍ないし四倍となった。

また、国は、国内炭の需要を確保するため、当初は海外炭の輸入を規制していたが、昭和六〇年代に入ると貿易摩擦の解消という国際的課題に直面し、輸出依存から輸入の拡大へという産業構造の転換が推進され、海外炭の輸入促進政策に転じ、その結果、国内炭の需要の減退は避けられない見通しとなった。

さらに、これまで石炭鉱業の安定のため国内炭の引取りという形で協力をしてきた需要産業も構造的不況に直面し、国内炭の需要は大きく減少した。すなわち、原料炭の最大需要者である鉄鋼業界、一般炭の電力に次ぐ大口需要者であるセメント業界などは、円高に伴う国際競争力の著しい減退、国の輸出依存型産業構造の転換政策等のため深刻な構造的不況に見舞われ、人員削減を含む大規模な合理化施策を実施していたが、昭和六一年には、これらの業界で基準炭価による国内炭の引取拒否又は輸入炭の価格を超える代金の支払拒否という事態まで発生するに至り、これを契機に電力以外に国内炭の引取りを求めることは困難となり、国内炭の需要は激減した。

イ このような国内炭の需要の激減に対応して第八次石炭政策が昭和六二年度から実施され、前の第七次石炭政策が国内炭二〇〇〇万トンの安定供給を前提としてそれに見合う需要を確保するものであったのを変更して、需要動向に適合した生産体制にする方向に転換した。それは、平成三年度には、国内炭は、電力以外の引取りはゼロになり、結局電力用一般炭を中心に約一〇〇〇万トンの需要しか考えられないことを前提とし、石炭企業に対して、これに合わせた生産規模とするよう自主的な生産体制の集約化を要求するものであり、一部炭鉱を閉山し生産規模を縮小するとともに、経営基盤の優れた炭鉱に国内炭の生産体制を集約化し、石炭企業には自動化、省力化を中心とした技術開発の実施、条件の良好な炭層からの選択的出炭等の合理化措置を採り、生産費の上昇の抑制、需要への適合に努めることが要求された。さらに、基準炭価については内外炭価格差の拡大傾向、需要業界の負担の軽減を考慮し、今後原則として昭和六一年度水準で据え置かれることとされ、賃金、物価の上昇によるコスト増は、生産規模の縮小を前提としたうえでの合理化によってこれを吸収せざるを得なくなった。

(4) 被告特に三池鉱業所の経営悪化

ア 前記の昭和六〇年度から需要が減退したという一般的理由の他に次のような事情もあり、被告特に三池鉱業所の経営は悪化した。

(ア) 三池炭の需要の減退

三池炭の主な需要先は、かつては、原料炭は鉄鋼及びコークス業界、一般炭は電力及びセメント業界であり、一般炭に比べ炭価が高い原料炭の比重がかなり大きかったが、鉄鋼及びコークスの原料炭の需要が近い将来全く期待できなくなったので、原料炭の生産から一般炭の生産に転換し、電力業界に対する納入量を増やすことに期待をつなぐほかない極めて困難な状況を迎えた。しかし、電力業界の需要総数はほぼ一定しており他社との競争関係もあるうえ、三池炭は他の国内炭に比べ硫黄の含有率が高かったので、営業努力にもかかわらず、三池炭の納入量を増加させることは困難であり、三池炭の貯炭量が増加していくこととなった。

(イ) 生産原価の上昇と収支の悪化

石炭鉱業は製造業と異なり、排水電力、坑道維持等の保安経費及び人件費等の固定費が生産原価の約九〇パーセント近くを占め、生産量が減少しても生産原価はほとんど変わらないため、需要減少に伴う生産量の減少はトン当たりの生産原価を上昇させ、その結果、収支は悪化し累積損失は増大の一途をたどった。

(ウ) 資金不足

資金面では、慢性的資金不足の状態が続き、借入金は年を追って増大し、その金利負担が経営を著しく圧迫した。

イ 収支の悪化

前記のとおり石炭需要の減退のため、被告は昭和六一年度、五五億円の登記損失を計上したが、さらに、昭和六二年度は、国から一三一億円にのぼる各種補助金の助成を受けてもなお一六八億円の当期損失を計上するに至り、期末繰越損失は三八三億円にのぼった。これは資本金二五億円の一五倍強に及び、年間売上高の五八パーセントにも当たるものであった。

また、借入金も、昭和六一年度は一六二〇億円、昭和六二年度は一七九〇億円にのぼり、借入金の金利負担は石炭トン当たり一八〇〇円を超え、基準炭価の一〇パーセント近くに相当し、それだけ被告の収益を悪化させた。

(5) 合理化の実施

ア 昭和六一年度の合理化施策

被告は、石炭の需要減退、生産減少及び収支悪化に対応するため、生産面では、昭和六一年度、三池鉱業所について当初の年間四五〇万トンの生産予定を削減し、同年度の出炭量を四一四万トンに減少させ、被告全体では、前年度より五八万トン少ない五八七万トンの生産となった。また、三池鉱業所の従業員について、昭和六二年一月から三月までの間に八労働日の休業を実施し出炭を抑制した。三池鉱業所においては、四山、三川及び有明の三鉱にあった一〇切羽(採炭現場)を逐次減少させた。

また、労務面では、昭和六一年度下期以降の新規採用を中止し、時間外、休日労働を保安上必要な場合等以外は行わないこととし、労務費の節減を図った。

経費面では、昭和六一年八月一日以降経費の五パーセント削減、請負工事費の三パーセントないし一〇パーセント削減を実施した。また、三社連、新労等との協定により、昭和六一年九月分から昭和六二年六月分までの賃金についてその一〇パーセントの支払を繰り延べた。

しかし、被告は、前記のとおり同年度五五億円にのぼる損失を出し、経営悪化に歯止めはかからなかった。

イ 昭和六二年度の合理化施策

被告は、前記の生産体制の縮小に伴い余剰人員が生じたので、三社連及び新労との間の昭和六二年五月三〇日付協定に基づき希望退職を募集し、その結果四八七名が退職した。

生産面では、昭和六一年度の合理化施策にもかかわらず、貯炭が二三九万トン(前年度期末対比約一五七万トンの増加)にも及んだため、昭和六二年度は、さらに砂川鉱業所を閉山し(但し露天掘等は継続)、三池、芦別両鉱業所の減産を実施し、三池鉱業所については前年度よりさらに生産を減少させ年間三五〇万トンとした。その結果、昭和六二年度は被告全体で前年度より約一二〇万トン少ない四六七万トンの生産となった。また、三池鉱業所については、昭和六二年七月から六切羽、同年一〇月から五切羽とした。さらに、生産性の向上のため、同年一〇月に四山鉱を三川鉱に統合し第一鉱とし、昭和六三年一月に坑口の統合(これに伴い四山区域の坑道約一三〇キロメートルのうち約四〇キロメートルを廃棄)を行い、この結果四山区域で勤務していた坑内員約一〇〇〇名、坑外員約七〇名は坑内員五一一名、坑外員三名となった。さらに、採炭、掘進作業の機械化を促進し、大型採炭プラントの導入、掘進機械の導入、坑内骨格構造の簡素化、管理体制の簡素化等の施策を進めた。

(6) 昭和六三年度合理化施策の必要性

ア しかし、右のような合理化施策にもかかわらず、昭和六二年度の販売量は前年度よりさらに減少し約三九〇万トンにとどまったため、年度末貯炭は二九四万トン(うち三池鉱業所は二六八万トン)にも達し、経営悪化が改善されないため(昭和六二年度の製品炭経常損益はなおマイナス九億円であった。)、被告は、昭和六二年度実施の合理化施策より一層厳しい合理化施策を実施する必要性に迫られた。

すなわち、その動向がはっきりしていなかった他の石炭各社が少しでも長くかつ多くの石炭生産を続けていく方針であることが明らかとなり国内炭の供給過剰が当初の予想より厳しいものであることが判明したが、昭和六三年度以降の石炭需要は昭和六二年度よりさらに減少することが見込まれており、仮に昭和六二年度と同量の需要があったとしても、昭和六二年度の生産体制をそのまま維持すれば、なお五六万トンの貯炭の増加が見込まれた。このような異常な貯炭の増加に対処するため、被告は、三池鉱業所については適正生産規模を年間三五〇万トン体制からさらに減少させて年間三〇〇万トン体制とし、その移行期間を三か月として昭和六三年度当初は三五〇万トン体制を引継ぎ、約三か月後に三〇〇万トン体制に入ることとした。その結果昭和六三年度の出炭計画を三一五万トンとした。

また、昭和六一年度以降進めてきた切羽の集約をさらに進め、昭和六三年六月末には四山区域の切羽を廃止し同地域から撤収することとし(これに伴い四山区域の坑道のうち約四〇キロメートルを廃棄)、第一鉱、第二鉱(有明鉱)においてさらに切羽の合理化を行い、採炭、掘進作業の機械化を促進することとした。

芦別鉱業所においては、年間生産規模を前年度の五四万トンから四一万トンに削減し、北区域の切羽を廃止して南区域に集約することとした。

イ 昭和六三年度における人員削減の必要性

右合理化施策実施後の必要人員を算定した結果、三池鉱業所においては、三井石炭三池鉱業所病院医療関係者を除き一級以上社員一二〇名、一般職社員六一〇名が、芦別鉱業所においては、一級以上社員七〇名、一般職社員三〇〇名が、それぞれ余剰人員となるので人員削減を行う必要があった。

三池鉱業所については、平成元年三月末において一般職社員は二〇三五名が在籍すれば足りることと算定された。すなわち、四山区域からの撤収により、同区域の担当業務がなくなった坑内員四九七名など合計六四八名の余剰人員が生じ、従って、昭和六三年三月末現在三池鉱業所在籍の二六八三名中昭和六三年六月末までに定年退職する者一五名、自己都合退職する者一名及び保安発破係員一八名を除外した六一四名が余剰となるため、そのうち六一〇名を人員削減することとされた。

(7) 人員削減の方法

被告は、三池及び芦別各鉱業所で右の人員削減を行うため、まず希望退職を募集することとした。しかし、右各鉱業所では既に昭和六二年六月に希望退職を募集し相当数の応募者があったため、昭和六三年度にさらに希望退職を募集しても、削減目標人員に満たない場合が予想された。

そこで、被告は、その場合、

ア 平成元年三月三一日で、満五二歳以上の者を解雇する

イ 解雇する者には、勤続年数、退職時から定年までの期間などに応じ、相応の退職金を加給し、再就職を援助、あっせんする

こととした。

(二) 解雇基準の合理性

被告が右のごとく定年(被告では五五歳)に近い高齢者から整理解雇することとした理由は次のとおりである。

(1) 坑内労働には機械化、省力化が進んだとはいえ、依然として人力に頼る作業も多く、高齢者は体力的に若年者に劣り、炭鉱における業務の遂行には何といっても体力が重要である。

(2) 今後の方針として坑内外の機械化の推進は不可欠であるが、それに対する適応性において高齢者は若年者に劣る。

(3) 合理化の進行に伴い、従業員に対し職場はもちろん職種さえも変更することが予想されるが、これに対する適応性において高齢者は若年者に劣り、効率的な要員管理を妨げる。

(4) 退職金の額、炭鉱離職者臨時措置法に基づく就職促進手当の支給等、定年間近な高齢者が離職によって受ける不利益は、他の年齢の者に比べ相対的に少ないと考えられる。

(5) 労使間において無用な紛争をさけるため被告の主観の入り込む余地のない客観的な基準によるのが望ましい。

(6) 保安上の対応力についても、あえて高齢者でなくとも一〇年ないし一五年の実務経験のある一般職社員ならば十分対応できる。

(三) 手続の妥当性

(1) 本件合理化提案及び希望退職に関する交渉

被告は、昭和六三年四月二八日、三池労組、新労及び芦別労組に対し、本件合理化提案をし、同年五月二四日から同月二六日までの間、希望退職を中心とした団体交渉を行った。

新労及び芦別労組は、人員削減の必要性を認め希望退職の募集条件についての要求を提示した。被告は、右両労組と団体交渉を重ね、本件合理化提案を一部修正したうえ同月二六日合意に達し希望退職に関する協定書を作成した。

被告は、三池労組に対しても人員整理の必要性を説き理解と協力を求めたが、三池労組は人員削減を伴う合理化には絶対に反対するとの主張に固執し本件合理化提案に全面的に反対したため、交渉は決裂した。

(2) 希望退職の募集

被告は、三池鉱業所において同月三一日から同年六月九日まで(その後、同月一四日まで募集期間を延長した。)希望退職の募集をし、その結果、保安発破係員四名を含む二九八名の一般職社員(うち三池労組員二名)が希望退職に応募したにとどまった。

(3) 整理解雇に関する交渉

右希望退職者の人員が削減人員目標に満たず、さらに人員の削減をしなければならなかったため、被告は前記三労組に対し、同年六月一〇日付で団体交渉を申し込み、同月一四日から同月一六日までの間、解雇を中心とした団体交渉を行った。

新労及び芦別労組は、整理解雇の条件についての要求を提示した。被告は、両労組と団体交渉を重ね、本件合理化提案を一部修正したうえ同月一六日最終回答を提示し、その内容で両労組と妥結し協定書を作成した。最終回答によれば、削減人員は約二七〇名(うち新労組合員は二三九名)となった。それは、その他に出向者及び配置転換時の退職者が合計約五〇名予想されたためであった。

しかし、三池労組は、整理解雇に絶対反対するとの態度を堅持して本件合理化提案の撤回を求め、解雇基準に該当する者でも被告がこれを定年まで勤務したと同等に扱い賃金等について実害がないならば反対しないなどと主張し、人員削減の必要性を全く否定する態度であったため、被告と三池労組との交渉は平行線をたどった。被告は、人員削減について新労と三池労組とを平等に取り扱わなければならないため、同月一六日三池労組に対し、最終回答を提示したが、三池労組は妥結を拒否し、両者の交渉は決裂した。

2  原告らの主張(解雇権の濫用)

(一) 整理解雇の必要性及び解雇の回避措置の不存在

(1) 経営危機の不存在

ア 被告は、客観的に見て経営危機に陥り人員削減をしなければその存続が危ぶまれる状態にあったとは到底いえない。

仮に、被告にある程度の経営困難が存在したとしても、被告もその一員である三井グループは国の手厚い保護育成を受けながら炭鉱の経営により莫大な利益を上げ、大牟田、荒尾地域をその会社町として形成してきたのであって、三井グループは右地域社会に対し大きな影響力と責任を有し、被告も右地域社会に対し大きな責任を有すること、整理解雇は企業の利益だけを最優先させ、その犠牲を労働者、地域住民にだけしわよせするものであること、人減らし合理化は、必然的に保安軽視をもたらし、昭和三八年一一月九日の炭塵大爆発のような重大な労働災害を再発させる危険性を招来すること等の諸事情に鑑みれば、被告にある程度の経営困難が存在する程度では整理解雇の要件を満たしているとはいえない。

イ 被告主張の昭和六二年度当期損失一六八億円については、その大半は、砂川鉱業所の閉山に伴う費用、三池及び芦別各鉱業所の規模縮小合理化関係での出費並びに鉱害補償費等であって、当年度の特殊事情ともいえるものであり経常的な損失はほとんどない。また、被告主張の繰越損失三八三億円についても、筑豊地区への鉱害補償二〇億円、有明海海苔漁場への海底陥没補償二〇億円、四国沖へのボタ捨て費用五億円が含まれており、被告が昭和四八年に三井鉱山から分離されたことを考えれば、本来三井鉱山において負担すべきものが大半である。さらに、被告主張の昭和六二年度末までの借入金約一七九〇億円についても、三井鉱山からの石炭代前受金約三七〇億円、新共同石炭の貯炭買上げによる融資約四一三億円及び整備資金融資約四三億円が含まれているのであって、経営が危機的状態にあるとはいえない。

ウ 被告、三井鉱山及び他の三井グループ各社が大牟田、荒尾地区に所有する広大な土地の処分、公的利用などの問題が無視されている。被告は本件整理解雇後土地の一部を売却し黒字決算を迎えている。

エ 三池鉱業所における人員削減数六一〇名の具体的根拠が不明確である。

(2) 経営危機回避のための経営努力の不存在

ア 被告が経営危機の理由とする国の第八次石炭政策は、資源エネルギー庁石炭部長の国会答弁の中で述べられてもいるように、海外炭と国内炭の価格格差は輸送費などを含むと需要者側の炉前での価格格差はトン当たり三五〇〇円程度にすぎず価格格差は一・三倍程度でしかないこと、海外炭は産炭国の輸出政策、ストライキ等の不安定要員を抱えていること等に鑑みれば、その国内炭切捨てというべき内容は、国民全体の利益に合致するものではない。

イ また、被告は、三井鉱山の石炭生産部門を分離独立させて同社の持株一〇〇パーセントの子会社として設立され、被告が生産した石炭は全て三井鉱山に引き取られており、また、三井鉱山の十大株主中には、三井物産株式会社等の三井グループ八社が名前を連ねているが、三井鉱山、三井物産株式会社、鉄鋼大手各社などは、政府の補助を受けて既に一八もの海外炭鉱の開発に資本参加しており、また、三井鉱山は昭和六二年度に一五〇万トンであった海外炭輸入を昭和六三年度には三〇〇万トンに増やし子会社を海外炭の輸入主軸に切り換えようとしていたのであって、親会社である三井鉱山は、炭鉱合理化の犠牲の下に転身を図ろうとするものである。

ウ 被告には、他の石炭企業には見られない昭和二八年の合理化、昭和三五年の三池の大闘争を引き起こした大幅合理化等の整理解雇の歴史があり、整理解雇回避の企業努力を何一つとしてしてこなかったというべきである。また、被告の属する三井資本は、国の助成策に安住し近代化の努力を怠ってきたのであり、被告が近代化の努力をしていれば被告の今日のような状況は避け得たものである。

被告は、国の石炭政策が既に国内炭の大幅な縮小に向かっていた昭和五七年から昭和六一年までの間に七九六名もの新規採用を続けていたのであって、特に昭和六〇年度に一九六名、昭和六一年度に六九名の新規採用をしているが、当時第八次石炭政策が通商産業大臣から石炭鉱業審議会に諮問され審議中であり、右審議会には三井鉱山会長の有吉新吾が委員として参加しているのであって、被告経営者は、厳しい内容が予想された第八次石炭政策の中身を知ることができたのに、新規採用を続け整理解雇回避のための最大限の努力を怠っていたものである。

エ 被告は、新労との間で新労にストライキ権を放棄させるいわゆる平和協定を締結し、新労組合員に対して、昭和六二年一〇月右協定改定時に解決一時金を、それ以後いわゆる生産奨励金を支払ってきており、そのうち生産奨励金は二年間で総額四億一三七二万円にものぼるものであって、その支出だけでも約五〇名分の年収に相当し、本件整理解雇から除外できたはずである。

オ 本件整理解雇は、なんら管理職に及んでおらず、一般の労働者にのみ犠牲を強いるものであって、その意味でも被告の努力は不十分である。

(3) 整理解雇の回避措置の不存在

国の第八次石炭政策も、被告が主張するように被告に対して無条件の整理解雇を許したものではなく、被告、その親会社である三井鉱山及び三井グループ各社によって雇用対策、地域対策をとることが前提である。ところが、本件整理解雇に先立つ希望退職の募集に際しては、地元の再就職先の紹介が不十分であり、大牟田、荒尾地域の人口減少の歯止めとなり、離職者の生活を保障する最低限の措置すら採られていない。すなわち、被告の求人総括表の中の関係会社(三井鉱山及び被告の系列子会社)は、会社数一五社、求人数三二名であり、それを地域別に見れば、北海道五名、関東四名、九州二三名でしかなく、このほか三井グループは、会社数四社、求人数一七名であり、それを地域別に見れば、北海道一一名、関東六名でしかない。その他の求人数一二〇四名は、職安から寄せ集められたような労働条件の劣悪な一般口であり、そのうちでも九州地区は一七一名でしかない。また、昭和六二年六月の合理化での一般離職者数四〇六名中一〇五名しか再就職できておらず(昭和六三年四月現在)、このような被告の貧弱な雇用対策が、昭和六三年六月末時点での有効求人倍率が全国平均一・〇五に対し、大牟田〇・二一、荒尾〇・三六であったこととあいまって、本件合理化提案における希望退職募集に対する労働者の応募を大きく減少させ、本件整理解雇につながった。

(二) 被解雇者人選基準の不合理

(1) 炭鉱労働においては機械化の進展とともに体力の必要とされる程度は低下していること、

(2) 炭鉱の機械化は他産業と異なり、高齢者が若年者に比べ適応性に劣るような性質のものではないこと、

(3) 合理化に伴う職種変更も高齢者が若年者に比べ適応性に劣るような性質のものではないこと、

(4) 高齢者は、いずれも定年が近いため再就職が極めて困難であるだけでなく、家族を抱え最も生活費がかかる年代であり解雇によりその将来設計に大きく打撃を受けるものであること、しかも、五五歳前の解雇の結果全員が石炭年金の受領資格を奪われ、特に厚生年金の受給資格が六〇歳からの坑外勤務者の場合、六〇歳の厚生年金取得の日まで年金を受ける道が一切断たれてしまうこと、

(5) 本件整理解雇は、実質的に定年を引き下げるものであって、今日定年の延長が時代の趨勢になっているのに、これに逆行するものであり、この点については労働省も好ましくないものとしてその回避を指導したほどであること、

(6) 炭鉱の安全確保のためには経験を積んだ高齢者が必要であること、

(7) 炭鉱労働における賃金体系は他産業の年功序列型賃金と異なり、請負給賃金体系であり高齢者と若年者とで変りがないこと、

(8) 高齢者ほど会社に対する貢献度は高いこと、

以上の点を考慮すれば高齢者から解雇していく本件整理解雇の被解雇者人選基準は合理性がない。

(三) 十分な協議義務の不履行

本件整理解雇においては、整理解雇の必要性の説明もほとんどないまま形ばかりの団体交渉を重ねたにとどまっており、十分な協議が行われたとは到底いえない。

被告は、本件整理解雇のような重大な問題を昭和六三年四月二八日に初めて三池労組に提案し、その後わずか都合一回の団体交渉(同年六月一四日から同月一六日まで)を形ばかりに行い、本件合理化提案からわずか二か月も経っていない同月二一日には第一次整理解雇を強行し、さらに同年一一月二九日第二次整理解雇を強行した。

被告は、当初から三池労組との団体交渉では不誠実な態度に終始してきたのであって、三池労組に対する最終回答の提示は新労との妥結後になされ、被告はその妥結案を一方的に押し付けたものである。このため、三池労組はやむなく同年六月一六日、福岡県地方労働委員会に対し、誠実団交の開催を内容とするあっせんを申し立てたが、被告は公平な第三者機関のあっせんを受けることさえ拒絶した。

このように被告は三池労組の主張、要求、釈明に一切耳を貸さず、被告の決定したスケジュール通りに、十分な協議義務を全く尽くさないまま、本件整理解雇を強行したものである。

第三争点に対する判断

一  本件解雇に至る経緯

当事者間に争いのない事実、証拠(<証拠・人証略>)並びに弁論の全趣旨によれば、本件解雇に至る経緯は、以下のとおりであったと認められる。

1  被告の概要

被告は、昭和四八年八月二七日、三井鉱山の石炭生産部門を分離独立させて同社の持株一〇〇パーセントの子会社として設立された、石炭の採掘及び売買等を業とする資本金二五億円の株式会社であり、同年一〇月一日より営業を開始したものであるところ、昭和六〇年当時、その石炭採掘の事業所として、九州に三池鉱業所、北海道に芦別及び砂川各鉱業所を設けていた。三池鉱業所には、その事業を統轄管理し本社的機能を営み、併せて坑外現業部門を管掌する事務所、生産部門として四山鉱、三川鉱及び有明鉱の三鉱、並びに附属病院として三井石炭三池鉱業所病院があった。

被告は、昭和六三年当時、我が国最大の石炭採掘量を誇っていた。

2  国の石炭政策

(一) 被告やその他炭鉱会社の炭鉱経営は、石炭鉱業界の深刻な構造的不況、総合的なエネルギー対策の下での石炭の需給の調整という社会経済的課題及び国際取引における石炭の輸入の処理という国際経済的課題等とも関連し、国の石炭対策と密接な関連があった。

(二) 第七次石炭政策まで

(1) 石炭は国内で産出できる重要なエネルギー資源であり、他のエネルギー資源に比べて相対的安定性を有するものであるところから、このような国内資源を有効に活用するため、国の石炭政策は一貫して、炭鉱経営者に対して、炭鉱の効率的運営を要請するものであった。

昭和二〇年代後半以降、経済取引の国際化、自由化が進む中で、石炭に比べ使い易く、しかも低廉な石油、天然ガス等の流体エネルギー資源が大量に輸入されるようになり、いわゆるエネルギー革命がもたらされ、それが顕著になった昭和三〇年代ころから、我が国の石炭鉱業は構造的不況に陥り、被告を含む石炭企業は存立、経営の危機に当面した。ここにおいて、国は、国民経済の健全な発展という課題を踏まえ石炭業界の危機を克服するために、昭和三〇年八月、措置法を制定し、石炭企業に対する規制と援助を行うため、逐次同法を改正するとともに関連法制を整備し、これによって石炭政策を実施し現在に至っている。それは、エネルギー革命の進行は避けられないとの展望の下に、国内の石炭の生産規模を徐々に縮小していくという石炭鉱業の「なだらかな撤退」を基本とするものであった。

(2) エネルギー革命が急速に進み、石炭鉱業の危機が深刻化する中で、昭和三七年一〇月、石炭鉱業調査団(昭和四一年度以降は石炭鉱業審議会)の答申を受けて、国は第一次石炭政策を昭和三八年度から実施した。以後、国の石炭政策は、第一次石炭政策から第五次石炭政策(昭和四八年度から実施)までは、「なだらかな撤退」の中で国内炭の必要を認め、国の助成の下に非能率炭鉱の整理と高能率炭鉱の造成(スクラップ・アンド・ビルド)を実施するとともに、政策的に産業界での石炭需要を確保し、かつ、基準炭価を決めて国内炭の取引価格を規制するというものであった。基準炭価は、通商産業大臣が毎年石炭鉱業審議会の意見を聞いて石炭の生産費、石炭の輸入価格、石炭以外の燃料の価格その他の経済事情を考慮して告示するものであった。以後、石炭鉱業の経営は、国の石炭政策を離れては継続するのは極めて困難となった。

(3) ところが、昭和四八年秋の第一次石油危機に伴い、石油と石炭の価格格差が解消逆転する方向に進んだことを契機に、エネルギー資源としての石炭の重要性が改めて評価されるようになり、国内炭についてそれまでの減産に歯止めをかけ、年間二〇〇〇万トンの安定供給を確保するとともに、炭鉱経営の合理化を図るという観点から、石炭政策の見直しが行われ、第六次石炭政策(昭和五一年度から実施)、第七次石炭政策(昭和五七年度から実施)が実施された。しかし、我が国の石炭企業は、それまでの構造的不況による赤字体質から脱却できず経理状況が若干改善されたにとどまった。また、我が国の石炭鉱業は、採掘現場が地中の深部に移り坑口からの距離が遠くなりつつあるため、数次の合理化施策の実施にもかかわらず、コストの上昇を吸収することができなかった。

(三) 第八次石炭政策

(1) 国内炭の取引価格を決める基準炭価は、石炭鉱業の生産費を核心として決定されていたため、石炭の採掘条件の悪化によるコスト高の影響を受け輸入炭に比べ高額であった。それに加え、石油価格の低下の影響を受けた輸入炭の価格の低下、為替レートでの円高の進行等により国内炭と輸入炭の価格の格差は次第に広がり、昭和六〇年代に始まった急激な円高の下では国内炭の価格は輸入炭の価格の約三倍となった。

国は、国内炭の優先引取りを担保するため、海外炭の輸入を政府の許可にかからせるとともに、輸入炭を使用する需要者に国内炭を輸入炭の一定比率だけ買い取ることを義務付ける輸入割当制度をとってきた。そして、石油危機以前は、原料炭は国内炭の供給不足のためその大部分を輸入炭に依存していたが、一般炭は国内炭で供給できるため国内炭では不足する分の輸入だけ認めるという措置が採られていた。しかし、国内炭より安価で豊富な輸入炭に対する需要が強くなってきたため、海外炭の輸入に対する規制は緩和され、一般炭の輸入も昭和五〇年代後半から増加し、さらに、昭和六〇年代に入ると貿易摩擦の解消という国際的課題も踏まえ輸出依存から輸入の拡大へという産業構造の転換が推進された結果、海外炭の輸入はさらに増加した。そして、このような輸入促進政策の下で国内炭の需要の減退は避けられない見通しとなった。

さらに、これまで石炭鉱業の安定のため国内炭の引取りという形で協力をしてきた需要産業も構造的不況に直面し、国内炭の需要は大きく減少した。すなわち、原料炭の最大需要者である鉄鋼業界、一般炭の電力に次ぐ大口需要者であるセメント業界などは、円高に伴う国際競争力の著しい減退、国の輸出依存型産業構造の転換政策等のため深刻な構造的不況に見舞われ、人員削減を含む大規模な合理化政策を実施していたが、昭和六一年には、これらの業界で基準炭価による国内炭の引取り拒否又は輸入炭の価格を超える代金の支払拒否という事態まで発生するに至り、これを契機に電力以外に国内炭の引取りを求めることは困難となり、国内炭の需要は激減した。

(2) このような国内炭の需要の激減に対応して第八次石炭政策の答申が昭和六一年一一月二八日になされ、第八次石炭政策が昭和六二年度から実施された。それは、第七次石炭政策が国内炭二〇〇〇万トンの安定供給を前提としてそれに見合う需要を確保するものであったのを変更して、需要動向に適合した生産体制にする方向に転換し、平成三年度には、国内炭について、原料炭の引取りはもとより、電力以外の一般炭の引取りも漸減してゼロになることが見込まれ、結局電力用一般炭を中心に約一〇〇〇万トンの需要しか考えられないことを前提とし、石炭企業に対して、これに合わせた生産規模とするよう自主的な生産体制の集約化を要求するものであった。すなわち、一部炭鉱を閉山し生産規模を縮小するとともに、経営基盤の優れた炭鉱に国内炭の生産体制を集約化し、自動化、省力化を中心とした技術開発の実施、条件の良好な炭層からの選択的出炭等の合理化措置を採り、生産費の上昇の抑制、需要への適合に努めることが要求された。さらに、基準炭価については、内外炭価格差の拡大傾向、需要業界の負担の軽減を考慮し、今後原則として昭和六一年度水準で据え置かれることとされ、賃金、物価の上昇によるコスト増は、生産規模の縮小を前提としたうえでの合理化によってこれを吸収せざるを得なくなった。

3  被告特に三池鉱業所の経営悪化

(一) 経営悪化の原因

前記の昭和六〇年度から需要が減退したという一般的理由の他に次のような事情もあり、被告特に三池鉱業所の経営は悪化していった。

(1) 三池炭の需要の減退

三池炭の主な需要先は、かつては、原料炭は鉄鋼及びコークス業界、一般炭は電力及びセメント業界であり、一般炭に比べ炭価が高い原料炭の比重がかなり大きかった(例えば、昭和五九年度三三・七パーセント、昭和六〇年度二九パーセント)が、鉄鋼及びコークスの原料炭の需要が近い将来全く期待できなくなったので、原料炭の生産から一般炭の生産に転換し、電力業界に対する納入量を増やすことに期待をつなぐこととなった。しかし、電力業界の需要総量はほぼ一定しており、他社との競争関係もあるうえ、三池炭は他の国内炭に比べ硫黄の含有率が高かったので、三池炭の納入量を増加させることは困難であり、また、セメント向けの一般炭の需要も激減したため、昭和六〇年度以降三池炭の貯炭量が著しく増加していくこととなった。

被告においては、昭和六〇年代から需給のバランスが崩れ始め、昭和六一年度及び昭和六二年度は前年度に比較して生産量を減少させたにもかかわらず、貯炭量が増加し、昭和六二年度末貯炭は年間の生産量の約六三パーセントに当たる約二九四万トンにも達した。

その中で、三池鉱業所の各年度末の貯炭量は、

昭和六〇年度 約四八万トン(全貯炭量約八二万トンの約五九パーセント)

昭和六一年度 約一九〇万トン(同約二四〇万トンの約七九パーセント)

昭和六二年度 約二六八万トン(同約二九四万トンの約九一パーセント)であり、需給のバランスの崩れは、主として三池鉱業所に起因していた。

(2) 生産原価の上昇と収支の悪化

石炭鉱業は製造業と異なり、排水電力、坑道維持等の保安経費及び人件費等の固定費が生産原価の約九〇パーセント近くを占め、生産量が減少しても生産原価はほとんど変わらないため、需要減少に伴う生産量の減少はトン当たりの生産原価を上昇させ、その結果、収支は悪化し累積損失は増大の一途をたどった。

(3) 資金不足

資金面では、慢性的資金不足の状態が続き、借入金は年を追って増大し、その金利負担が経営を著しく圧迫した。

(二) 収支の悪化

前記のとおり石炭需要の減退のため、被告は昭和六一年度、約五五億円の当期損失を計上した(製品炭経常損益はマイナス二九億円)が、さらに、昭和六二年度は、国から約一三一億円にのぼる各種補助金の助成を受けてもなお約一六八億円の当期損失(製品炭経常損益はマイナス九億円)を計上するに至り、期末繰越損失は約三八三億円にのぼった(その中には砂川鉱業所の閉山に伴う費用、三池及び芦別各鉱業所の規模縮小合理化関係での出費並びに鉱害補償費等、当該年度の特殊事情ともいえるものも含まれていた。)。

また、借入金も、昭和六一年度は約一六二〇億円、昭和六二年度は約一七九〇億円にのぼり、借入金の金利負担等も約八二億円に達し、それだけ被告の収益を悪化させた。なお、この借入金の中には、三井鉱山からの石炭代前受金約三六九億円、新共同石炭株式会社の貯炭買上げによる融資約四一三億円(全国の貯炭買上げ量の約六四パーセント)及び整備資金融資約四八億円も含まれていた。

4  合理化の実施

(一) 昭和六一年度の合理化施策

被告は、石炭の需要減退、生産減少及び収支悪化に対応するため、生産面では、昭和六一年度、三池鉱業所について当初の年間四五〇万トンの生産予定を削減し、同年度の出炭量を約四一四万トンに減少させ、被告全体では、前年度より約五八万トン少ない約五八七万トンの生産となった。また、三池鉱業所の従業員について、昭和六二年一月から三月までの間に八労働日の休業を実施し出炭を抑制した。三池鉱業所においては、四山、三川及び有明の三鉱にあった一〇切羽(採炭現場)を逐次減少させた。

また、労務面では、昭和六一年度下期以降の新規採用を中止し、時間外、休日労働を保安上必要な場合等以外は行わないこととし、労務費の節減を図った。

経費面では、昭和六一年八月一日以降経費の五パーセント削減、請負工事費の三パーセントないし一〇パーセント削減を実施した。また、三社連、新労等との協定により、昭和六一年九月分から昭和六二年六月分までの賃金についてその一〇パーセントの支払を繰り延べた。なお、昭和六一年七月から現在に至るまで役員報酬の一二ないし一五パーセント削減を実施している。

しかし、被告は、前記のとおり同年度約五五億円にのぼる損失を出し、経営悪化に歯止めはかからなかった。

(二) 昭和六二年度の合理化施策

被告は、三池鉱業所において、前記の生産体制の縮小に伴い余剰人員が生じたので、三社連及び新労との間の昭和六二年五月三〇日付協定に基づき同年六月希望退職を募集し、その結果四八七名が退職した。

生産面では、昭和六一年度の合理化施策にもかかわらず、貯炭が約二四〇万トン(前年度期末対比約一五八万トンの増加)にも及んだため、昭和六二年度は、さらに砂川鉱業所を閉山し(但し露天掘等は継続)、三池、芦別両鉱業所の減産を実施し、三池鉱業所については前年度よりさらに生産を減少させ年間三五〇万トンとした。その結果、昭和六二年度は被告全体で前年度より約一二〇万トン少ない約四六七万トンの生産となった。また、三池鉱業所については、昭和六二年七月から六切羽、同年一〇月から五切羽とした。さらに、生産性の向上のため、同年一〇月に四山鉱を三川鉱に統合し第一鉱とし、昭和六三年一月に坑口の統合(これに伴い四山区域の坑道約一三〇キロメートルのうち約四〇キロメートルを廃棄)を行い、この結果四山区域で勤務していた坑内員約一〇〇〇名、坑外員約七〇名は坑内員五一一名、坑外員三名となった。さらに、採炭、掘進作業の機械化を促進し、大型採炭プラントの導入、掘進機械の導入、坑内骨格構造の簡素化、管理体制の簡素化等の施策を進めた。

5  昭和六三年度合理化施策の必要性

(一) しかし、右のような合理化施策にもかかわらず、昭和六二年度の販売量は前年度よりさらに減少し約三九〇万トンにとどまったため、年度末貯炭は約二九四万トン(うち三池鉱業所は約二六八万トン)にも達し、経営悪化が改善されないため(昭和六二年度の製品炭経常損益はなおマイナス九億円であった。)、被告は、昭和六二年度実施の合理化施策より一層厳しい合理化施策を実施する必要性に迫られた。

すなわち、その動向がはっきりしていなかった他の石炭各社が少しでも長くかつ多くの石炭生産を続けていく方針であることが明らかとなり国内炭の供給過剰が当初の予想より厳しいものであることが判明したが、昭和六三年度以降の石炭需要は昭和六二年度よりさらに減少することが見込まれており、仮に昭和六二年度と同量の需要があったとしても、昭和六二年度の生産体制をそのまま維持すれば、なお約五六万トンの貯炭の増加が見込まれた。このような異常な貯炭の増加に対処するため、被告は、三池鉱業所については適正生産規模を年間三五〇万トン体制からさらに減少させて年間三〇〇万トン体制とし、その移行期間を三か月として昭和六三年度当初は三五〇万トン体制を引き継ぎ、約三か月後に三〇〇万トン体制に入ることとした。その結果昭和六三年度の出炭計画を三一五万トンとした。

また、昭和六一年度以降進めてきた切羽の集約をさらに進め、昭和六三年六月末には四山区域の切羽を廃止し同地域から撤収することとし(これに伴い四山区域の坑道のうち約四〇キロメートルを廃棄)、第一鉱、第二鉱(有明鉱)においてさらに切羽の合理化を行い、採炭、掘進作業の機械化を促進することとした。

芦別鉱業所においては、年間生産規模を前年度の五四万トンから四一万トンに削減し、北区域の切羽を廃止して南区域に集約することとした。

(二) 昭和六三年度における人員削減の必要性

右各合理化施策を実施した後の段階において、被告は更なる合理化の一つとして人員の削減を検討したところ、三池鉱業所においては、三井石炭三池鉱業所病院医療関係者を除き一級以上社員一二〇名、一般職社員六一〇名が、芦別鉱業所においては、一級以上社員七〇名、一般職社員三〇〇名が、それぞれ余剰人員となる旨判断するに至った。

右のうち、三池鉱業所については、

(1) 四山区域からの撤収により、同区域の勤務者の担当業務がなくなることに伴い、坑内員五一一名のうち、撤収後も維持すべき坑道に勤務する坑内員一四名を除く四九七名、

(2) 四山区域を除いた第一鉱、第二鉱における抗内員のうち、採炭方式の変更、新規機械の導入などにより、特に採炭について作業上必要な人員が少なくてすむようになることに伴う五九名、

(3) 四山区域の港沖立坑坑外の事務所等に勤務していて三川鉱等に配置転換されたが出炭規模の削減により余剰となった四〇名及び坑外作業の合理化、現業作業統廃合等により余剰となる二五名、合計六五名、

(4) 生産の減少に伴う選炭業務の減少及び管理部門の業務の合理化により余剰となる本所の二七名

の合計六四八名の余剰人員が生じ、従って、昭和六三年三月末現在三池鉱業所在籍の二六八三名昭和六三年六月末までに定年退職する者一五名、自己都合退職する者一名及び特殊な任務を有する保安発破係員一八名を除外した六一四名が余剰となるため、そのうち六一〇名を人員削減することとされたものである。

6  人員削減の方法

被告は、三池及び芦別各鉱業所で右の人員削減を行うため、まず希望退職を募集することとした。しかし、右各鉱業所では既に昭和六二年六月に希望退職を募集し相当数の応募者があったため、昭和六三年度にさらに希望退職を募集しても、削減目標人員に満たない場合が予想された。そこで、被告は、その場合、

(一) 平成元年三月三一日で、満五二歳以上の者を解雇する

(二) 解雇する者には、勤続年数、退職時から定年までの期間などに応じ、相応の退職金を加給し、再就職を援助、あっせんする

こととした。

7  解雇基準

被告が右のごとく定年(被告では五五歳)に近い高齢者から整理解雇することとした理由は次のとおりであった。

(一) 坑内労働には機械化、省力化が進んだとはいえ、依然として人力に頼る作業も多く、高齢者は体力的に若年者に劣り、炭鉱における業務の遂行には何といっても体力が重要であること

(二) 今後の方針として坑内外の機械化の推進は不可欠であるが、それに対する適応性において高齢者は若年者に劣ること

(三) 合理化の進行に伴い、従業員に対し職場はもちろん職種さえも変更することが予想されるが、これに対する適応性において高齢者は若年者に劣り、効率的な要員管理を妨げること

(四) 退職金の額、炭鉱離職者臨時措置法に基づく就職促進手当の支給等、定年間近な高齢者が離職によって受ける不利益は、他の年齢の者に比べ相対的に少ないと考えられること

(五) 労使間において無用な紛争をさけるため被告の主観の入り込む余地のない客観的な基準によるのが望ましいこと

8  本件整理解雇手続

(一) 本件合理化提案及び希望退職に関する交渉

被告は、昭和六三年四月二八日、三池労組、新労及び芦別労組に対し、本件合理化提案をし、同年五月二四日から同月二六日までの間、希望退職を中心とした団体交渉を行った。

新労及び芦別労組は、人員削減の必要性を認め希望退職の募集条件についての要求を提示したため、被告は、右両労組と団体交渉を重ね、本件合理化提案を一部修正したうえ同月二六日合意に達し希望退職に関する協定書を作成した。

被告は、三池労組に対しても人員整理の必要性を説き理解と協力を求めたが、三池労組は人員削減を伴う合理化には絶対に反対すると主張し本件合理化提案に全面的に反対したため、交渉は決裂した。

(二) 希望退職の募集

被告は、三池鉱業所において同月三一日から同年六月一四日まで希望退職の募集をしたが、保安発破係員四名を含む二九八名の一般職社員(うち三池労組員二名)が希望退職に応募したにとどまった。

なお、保安発破係員については、保安にかかる業務に従事するところから、一級職社員と同様にみて、員数上一般職社員の枠の外に置かれた。

(三) 整理解雇に関する交渉

右希望退職者の人数が削減人員目標に満たず、さらに人員の削減をしなければならなかったため、被告は前記三労組に対し、同年六月一〇日付で団体交渉の申入れをし、同月一四日から同月一六日までの間、解雇を中心とした団体交渉を行った。

新労及び芦別労組は、整理解雇の条件についての要求を提示した。被告は、右両労組と団体交渉を重ね、本件合理化提案を一部修正したうえ同月一六日最終回答を提示し、その内容で両労組と妥結し協定書を作成した。右協定の内容は別紙協定書(略)記載のとおりであり、その骨子は、解雇の対象者が昭和六三年一二月三一日までに満五三歳以上に達する者とされたこと、特別加給金ほかの金員の支給が約されたこと並びに被解雇者は五五歳に達するまでの間、社宅、浴場、電気、水道、保育園、帰郷旅費及び社有地の分譲等の取扱いにつき在籍者と同様に遇するものとされたこと等であるが、その他、口頭で、退職金については、定年まで在職したとして支払われる退職金と右協定による退職金とを比較していずれか高い方を支給することが約された。右協定によれば、削減人員は約二七〇名となった。それは、その他に出向者及び配置転換時の希望退職者が合計約五〇名予想されたためであった。なお、解雇対象者中新労組合員は二三九名であった。

しかし、三池労組は、整理解雇に絶対反対するとの態度を堅持して本件合理化提案の撤回を求め、解雇基準に該当する者でも被告がこれを定年まで勤務したと同等に扱い、賃金等について実害がないならば反対しないなどと主張し、人員削減の必要性を全く否定する態度であったため、被告と三池労組との交渉は平行線をたどった。被告は、同月一六日三池労組に対し、前記内容の協定案を提示したが、三池労組は妥結を拒否し、両者の交渉は決裂し、本件整理解雇に至った。

(四) 最終的には、甲事件原告らを含む二一六名が第一次整理解雇により、乙事件原告らを含む五四名が第二次整理解雇により、それぞれ解雇されたほか、前記希望退職の募集により二九四名(前記応募者二九八名中保安発破係員四名を除く。)が、同年六月二四日から同年七月九日まで実施された配置転換時の希望退職の募集により五一名がそれぞれ退職し、これらにより合計六一五名が退職した。

二  整理解雇の有効性

1  ところで、本件のように、一般職社員就業規則一四条四号(事業を休廃止又は縮小したとき)及び七号(前各号のほか、やむを得ない事由があると認めたとき)を適用して有効に整理解雇をするためには、<1>労働者の解雇が事業の経営上やむを得ないものであるかどうか、<2>整理解雇の基準が合理的であるかどうか、及び<3>その解雇手続が社会通念上相当と認められるかどうかという観点から総合的に判断することを要すると解すべきである。けだし、整理解雇は、労働者側には通常なんら帰責事由がなく、専ら使用者側の経営の都合で労働者を解雇するものであるから、右のように解するのが公平かつ合理的であるからである。

2  そこで、まず、<1>の点につき考察するに、この点は、人員削減の方法以外の合理化施策を十分に講じたうえでなお事業の経営上人員削減がやむを得ないものと認められるかという観点のみならず、希望退職の募集などの人員削減の手段が講じられたにもかかわらず所期の成果が得られずやむを得ず労働者を解雇する必要がある場合であるかという観点からも検討することを要するものというべきところ、本件においては、前記認定のとおり、被告は我が国の石炭産業界の構造的不況の下で、特に昭和六一年度以降種々の合理化施策を講じたが、なお合理化としては不十分であるうえ、三池鉱業所について合理化によって生じた一般職社員の余剰人員が六一四名に達したため、そのうちの六一〇名を削減することとし、まず、希望退職を募集したところ、二九四名(保安発破係員四名を除く。)が応募したにとどまったことから、本件整理解雇に及んだものであって、右事実関係に照らせば、<1>の点につき積極に解するのが相当である。

3  次に、<2>の点につき考察するに、「昭和六三年一二月三一日までに満五三歳以上に達する者」を解雇の対象とすることの合理性については、高齢者は若年者に比べて再就職が困難である等の事情はあるものの、被告における定年は五五歳であって、勤務を続けるとしても最大限約二年であるうえ、退職金の支給や福利厚生関係その他の点で前記認定のとおりの配慮が払われていることを考慮すると、右解雇基準は、恣意の入らない客観的基準として、合理性を有するものというべきである。

4  <3>の点については、使用者が労働者ないしその属する労働組合との間で誠実に交渉したものといえるかどうかが特に問題である。

原告らの属する三池労組は、被告から本件合理化提案を受けた際、人員削減を伴う合理化には絶対反対するとの立場から右提案に全面的に反対し、また、希望退職の募集の後、被告から本件整理解雇に関する団体交渉の申入れを受けて交渉した際にも、整理解雇に絶対反対するとの態度に終始したため、交渉が前向きに進まなかった。

右事実に照らせば、協議の進展を図ることができなかったのは、主として被告と三池労組との基本的立場の相違によるものというべきであって、被告において誠実な交渉を回避したことによるものということはできない。

5  以上によれば、本件解雇については、就業規則所定の解雇事由(一般職社員就業規則一四条四号〔事業を休廃止又は縮小したとき〕、七号〔前各号のほか、やむをえない事由があると認めたとき〕)の存在したことが認められる。

三  そこで、原告らの解雇権の濫用の主張について検討するに、前示認定の諸事実及び前掲各証拠によれば、以下の諸事情が認められる。

1  整理解雇の必要性について

まず、被告の経営状態に関しては、我が国の石炭産業が国の保護政策に大きく依存する体質を有していたところ、コストの高い国内炭が安価な輸入炭に対し国際競争力を喪失したことが明らかとなった本件整理解雇当時、従来の国の石炭産業保護政策が大幅に縮小され、また、硫黄分の多い三池炭の需要の拡大が困難である等の理由から、被告が早急に生産量を減少させつつ生産性を高める必要に迫られていたこと、数次の合理化にもかかわらず被告の収支は改善されず、被告が将来的にも独立した企業として存立していくためには生産コスト引き下げに向けた合理化の必要性が認められたこと、被告の繰越損失のうち筑豊地区への鉱害補償債務二〇億円については三井鉱山から被告が分離独立する際右債務を上回る価値を有する石炭部門の資産等とともにこれを引き受けたものであって被告が右債務を負担するのは理由があり、また、有明海海苔漁場への海底陥没補償二〇億円及び四国沖へのボタ捨て費用五億円は被告が事業を営むうえでの必要経費というべきであり、これらは三井鉱山が負担すべきものとはいえないこと、被告所有の不動産等は被告の借入金を担保するための鉱業財団抵当の目的となっており被告が自由に処分することは困難であったこと、被告がその所有にかかる土地の処分をしたとしても、それによって被告が将来的にも十分存立していくために必要な生産コストを引き下げに向けた合理化が回避できたとはいえないことが認められる。

次に、被告の経営努力、整理解雇回避努力に関しては、被告は国の第八次石炭政策に沿って会社の存立を図るほかない立場にあり、仮に右政策に問題があったとしても被告にその責任を負わせることはできないこと、国内炭と輸入炭との価格格差について原告らの指摘する資源エネルギー庁石炭部長の国会答弁は、北海道内陸発電所に関する特殊事例についての発言であって、我が国における国内炭と海外炭の価格格差の一般論の基礎とするのは適当でないこと、海外炭輸入の増大は国の第八次石炭政策によるものであって、三井鉱山が海外炭の輸入をしなくとも他の会社が輸入をすることが予想され、三井鉱山の海外炭輸入が本件整理解雇をもたらしたとはいえないこと、被告は昭和六〇年度に一九六名、昭和六一年度上期に六九名の新規採用をしているが、これは、当時、第八次石炭政策が予定する最終年度である平成三年度までに逐次生産が減少することが予想されたので、昭和六〇年度及び昭和六一年度の一般職社員の退職等による自然減(昭和六〇年度及び昭和六一年度上期において合計で約三〇〇名減少した。)を補填する目的で行ったものであること、右職員の新規採用の点については、経営見通しに甘さがあったといえなくもないがその当時においては一応の必要性が認められ、被告において、昭和六一年に、鉄鋼、セメント業界等が基準炭価による国内炭の引取拒否又は輸入炭の価格を超える代金の支払を拒否するという事態まで発生し、予定より早く、かつ、大幅に石炭の生産規模の減少を迫られることは予想できなかったこと、被告の新労組合員に対する生産奨励金の支払は、事業上の必要に基づかない不必要なものとはいえないこと、被告は昭和六一年一〇月一〇日の三池鉱業事務所の管理機構の簡素化、昭和六二年一〇月一日の四山鉱、三川鉱の統合及び昭和六三年一月五日の第一鉱の入昇坑経路の変更の際の管理機構の改革に伴い随時余剰となった管理職職員を削減し、昭和六一年三月末当時六七名であった管理職職員を昭和六三年三月末には五六名(その後さらに削減して、平成元年五月には四九名)としており、また、管理職職員と一般職員とでは必要人員算定の根拠が異なり、管理職職員を削減することで一般職社員の削減が回避されるものではないこと、被告、三井鉱山及び他の三井グループが大牟田、荒尾地区で果たした歴史的経緯に鑑みれば、右地区における雇用対策、地域対策、産業の振興について被告らは各企業の実情に応じた責任を負うものといえるが、右地区における雇用対策、地域対策、産業の振興を図るのには長年月を要し、また、窮状にある被告だけで右地域に新たな求人先を即座に開拓するのは困難であって、本件整理解雇に先立つ希望退職の募集に当たって地元の再就職先のあっせんが不十分なものであったとはいえ、地元への再就職が困難であったことについて被告にその責任を問うことは相当でないことが認められる。

2  整理解雇基準の合理性について

この点に関しては、年齢による整理解雇基準の設定は客観的基準であり主観的要素が入り込まないこと、高齢者から解雇していく場合は、その再就職が困難である等の問題点も多いことは確かに否定できないが、退職金等によりその経済的打撃を調整できること、炭鉱経営者が高齢者の体力面や機械化への適応性に不安をもつのも一概に理由がないとはいえないことが認められる。

3  整理解雇手続の相当性について

この点に関しては、被告と三池労組との本件合理化提案及び本件整理解雇に関する団体交渉の決裂は、被告と三池労組の基本的立場の相違による点が大きいといえ、被告の交渉姿勢に主たる原因があったと認めることはできない。

4  以上の諸事情に鑑みれば、本件解雇は、整理解雇の必要性、整理解雇基準の合理性、整理解雇手続の相当性の面から総合的にみて、解雇権を濫用したものとまでいうことはできない。

四  結論

以上によれば、本件解雇はいずれも有効であって、原告らの各請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井宏治 裁判官 石原稚也 裁判官 長倉哲夫)

<別紙> 当事者目録

甲事件原告 小栁康治

同 杉本一男

同 田中教幸

同 稲田明馬

同 西山正勝

同 松尾智博

同 桑原孝之

同 小山秀之

同 山田勝

同 中島幸男

同 江崎嘉徳

同 栁迫護

同 村上和行

同 井口勝吉

同 松永隆伸

同 松尾進

同 吉川恵一

同 田中順一

同 戸上謙治郎

同 西山順司

同 江藤桂治

同 本袈裟助

同 村上守

同 角清美

同 甲斐俊久

同 古澤栄一

同 森洋一

同 古家良一

同 浦川秀夫

同 高木哲雄

同 加藤秀雄(以下、甲事件原告らと乙事件原告らを併せて「原告ら」という。)

右原告三一名訴訟代理人弁護士 佐伯静治

同 藤本正

同 小島肇

同 田中利美

甲乙両事件被告 三井石炭鉱業株式会社(以下「被告」という。)

右代表者代表取締役 結城久三

右訴訟代理人弁護士 青山義武

同 高島良一

同 田邊俊明

同 山本紀夫

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